Dear die. ざっくりと肉を抉った爪はそれでも赤く染まることはなかった。なぜならばその肉には血液と呼ばれるものがおおよそ存在しなかったから。抉り取られた肉片はぼとりと零れるように夜闇に彩られた道端に落ちていった。 これではっきりした、とブチャラティは心の中で呟いた。 もう自分は生きていない、死んでいるのだ。もう何かを食べる必要もないし息をする必要もない。動くことだってしなくていいし、考えることもしなくていい。いや、しちゃいけない。その筈だ。死人というのは死んでいる人のことで、死というのはそういうものだから。 なのに自分は今こうして動いて、考えて、戦っている。不思議なことに、だけど有難いことに。これはきっと自然の摂理に反したこと、世界の規則に反したことなのだろう。一度「死んで」からもその前と変わらなかった体が段々重く感じるようになり、今では限界まで疲れたときのような疲労が体中を襲ってきている。 鳥一羽すらもう生きてはいないだろうこの街。可哀想に、もう戦場と化してしまった。今までの日常をいとも容易に崩されてしまった成れの果て。どっぷりと広がる夜闇は濃く深い。そして、自分たちを飲み込もうとする闇もきっとこのくらい黒いのだろう。もしかしたらこれ以上かもしれない。 だけど自分は、手を休めるわけにはいかない。ここで本当に「死ぬ」訳にはいかない。 (何故、と貴様は聞いた) もう鉛のように重い体をゆらり支えながら、彼はそれでも立ちあがろうとする。ゆっくり慎重に、だが一瞬の隙も見せずに。その双眼に宿すのは赤い炎。彼の体に合わせてゆらりゆらり燃え揺らめく。なにが彼をそこまで動かすのだろう。彼は一体何のためにあそこまで懸命になっているのだろう。「復讐」?「懺悔」?それとも「道連れ」? (ならば教えてやろう、その体で以って) それは違う。彼はいつだって護ってきた。彼の暴力は、その力は、いつだって何かを護るために行使された。父を、住民を、そして今は仲間を護るために。いつだって彼はその力を人の為に人の力として使っていたのだ。 そして彼は立ち上がる。 護るべきひとと失いたくない仲間がいるから。 (貴様が軽んじ不要と断定したことが、どれだけ大切なものだったのかということを) |
彼は守り抜いたのだ / 100821