reunion





朝起きて、ふと見遣ったカレンダー。今日の日付には赤い丸がついていた。三回目の赤い丸。僕がレシラムを捕まえて、早いものでもう三年だ。なにがなんだかわからないうちにプラズマ団の陰謀に巻き込まれたあのときは、もう今では遠い過去。僕はゼクロムとNと戦いゲーチスを倒しプラズマ団を壊滅させたあのあと、もう一度イッシュを回って、それからホケモンリーグに挑戦し、チャンピオンになった。でも僕はチャンピオンとしてリーグで挑戦者を待ちうけるのは辞退して、今も図鑑完成を目指して各地を飛び回っている。チャンピオンとしてリーグに降臨するのはなかなか魅力的だと思っていたし、カノコタウンを出るとき、将来チャンピオンになれればとは少なからず思っていた。だけど、今は違う。僕にはもっと大切な夢が出来た。

彼は、夢があるか、と僕に言った。
僕は、正直にないと言った。
チャンピオンへの幽かな憧憬は、彼が求める夢ではないと思った。


今日はリュウラセンの塔に行こう。あそこには最近ミニリュウやハクリューが出現すると釣り人から報告があった。そういえば釣りをしたことは無かったな、なんて思いながら、レシラムに空を飛んで連れて行ってもらう。空は透き通っていてどこまでも青かった。見回しても、影一つない。どうしても空を飛ぶと彼の影を探してしまう。レシラムで空を飛んでいるのもそのためだ、片割れとともに今もきっとどこかで飛んでいる彼にすこしでも見つけやすくするため。自分でも一体何をしているのかと思う。だけど、彼の最後の言葉と、あの戦いが忘れられないんだ。

彼は、夢を持て、と僕に言った。
僕は、何も言えずに呆然と彼が飛び去るのを見ていた。
英雄になるためだけに育てられた彼は、父親のような存在に罵倒され、化け物呼ばわりされた後だった。
それなのに、どうして彼は。


ぽつりと、水面に波紋が走った。それを初めに次から次へと僕を追いたてるように雨粒が降ってくる。僕は急いでリュウラセンの塔に入った。見計らったようにそのあとすぐ雷鳴が空に響いた。
轟く雷鳴は一向に止む気配が無い。むしろどんどん激しくなっていっているようだ。ざあざあざあ、ばりばりばり。雷の鳴る音がとても大きく聞こえる。この塔崩れやしないか、とちょっと心配していたら、レシラムが唐突に雄叫びをあげた。どうした、と聞こうとして、次の瞬間一際大きな雷がリュウラセンの塔に落ちた。辺りが一瞬だけ青白く光り輝いて、それはどこかでみた景色と似ていた。そう、あれは彼の――。
レシラムがもう一度嘶く、すると今度は呼応したかのようにどこかで聞いた雄叫びが帰ってきた。この塔の上だ。

僕には彼のことが分からない。
彼がどんな風に生きてきたかとかはっきり知っている訳じゃないし、片割れ、なんて言われても正直理解出来なかった。
いうなれば僕は彼の英雄としての人生に紛れ込んだ不確定要素だったのだろう。


速く、速く、速く。どんなに急いでもまだ足りない。転びそうになりながら、一心不乱に最上階を目指す。レシラムも低空飛行しながら追ってきている。きっとレシラムも、僕と同じ気持ちなのだろう。

それでも。
彼は不確定要素に自分の夢を壊され、そのせいで蔑まれたのに。
――彼はさよならを言うとき、笑っていたんだ。


最上階に着いたときはすっかり息切れをしていた。でもそんなことはどうでもよかった。青白い光をまとったゼクロムの横に彼はいた。久しぶりに見る彼はますます大人っぽくなっていて、だけどポケモンに接するときにみせる優しさはそのままだった。
「やぁ、久しぶりだね。ゼクロムもレシラムに会えて喜んでいるよ。」
どうやらポケモンと話せるのもそのままらしい。すこし声は低くなっていたけど。
僕は彼の挨拶に答えるより先に、彼のほうへ走って、そのまま力一杯彼を抱きしめた。彼は少し戸惑った顔を見せ、それから軽く微笑んで僕を抱きしめ返した。ゼクロムとレシラムは抱きあいはしないもの、お互い嘶き再会を喜んでいる。
僕は、彼の顔をじっと見つめた。少し大人っぽくなっているけど、殆どあのときのままだった。暫く見つめ合って、口を開く。ずっと前から言いたかった、彼とまた会った時言おうと考えていた言葉。

「おかえり、N。」
「……ただいま、ブラック。」

僕の夢は、ようやく叶った。


再会 / 101001