a foreboding その日は朝から嫌な予感がしていた。まず朝起きたらもう10時で朝のポケモンを捕まえにいくことはできなくなっていたし、それから気を取り直してNの作ってくれた朝食を食べようとしたら手が滑ってコップが割れた。Nが僕のためにすこし甘めに調節してくれたコーヒーは、着替えたばかりのシャツに散って染みを作った。ようやく着替えたところにこのチャイムだ。出ようとするNを止めて、僕はドアノブを開けた。ドアの向こうには懐かしいひとがいた。 「やぁ、久しぶりだねブラックくん!」 「ハンサムさん!お久しぶりです。」 国際警察のハンサムさんだ。七賢人を捕まえるとき協力して以来だ。自然体が身構える。だってこの人はプラズマ団を追っている。そして今この家にはNがいるのだ。ハンサムさんに気付かれないようにそっとNに奥へ行っていてとジェスチャーする。Nは不思議そうな顔をしながら奥に隠れた。 「えっと、今日はどのようなご用件で?」 「うん、それがね。プラズマ団のことなんだ。」 大当りだ。Nに奥に行っておいてもらってよかった。僕はそれとなく彼にNについてどの程度捜査が進んでいるか探りをいれてみた。 「えっ、まさかNが見つかったとか?」 「いや、残念ながらまだこちらは発見していない。」 「……こちら、は?」 「随分前セッカ周辺でNらしき人物を見かけたという通報があってね。」 「へぇ……。そうなんですか。」 リュウラセンの塔周辺だろうか、あのときはNに会えたことに浮かれていてそこまで人目を気にしていなかった。なんて失態だろうと心の中で舌打ちをする。 「ああ、一応君にも知らせておこうと思った。」 「ありがとうございます。……あの、」 「なんだね?」 「もし……もし見つかったらNはどうなるんですか?」 「勿論捕まえるさ。罪は贖わなければならない。」 それはとても力強い口調で、僕は何も言えない。そうだ、Nは確かに贖うべき罪をもっている、だけどそれは――僕は――。ぐるりまとまらない思考の波を必死にまとめようとしていたら、黙ってしまった僕を心配しているハンサムさんの声が遠くから聞こえてきて、僕は急いで意識を彼に戻した。 「大丈夫かい?」 「はい、大丈夫です。すみません、ちょっと考え事をしていて。」 笑顔をつくって言った。一体さっきの間はどう思われたんだろうか。どこにいるかも分からないNを心配してのことだけだと思われればいいが。ハンサムさんは時計をちらりとみて、こほんと一つ小さな咳をして言った。 「おや、もうこんな時間だ。そろそろおいとまするよ、では。」 「はい、ありがとうございました。」 ぺこっと一礼するとハンサムさんは笑顔で手を振りながら去っていった。しばらく見送っているともう彼の背中が見えなくなった頃、Nが僕の隣にやってきた。 「今のって……。」 「ハンサムさんだよ。」 「うん、知ってる。国際警察のひとだよね。」 驚いた、Nがそのことを知っているとは思わなかった。 「N、」 「三年も旅してたらね。」 浮かべた笑みはとても儚いものだった。僕は反射的に彼の手を握る。彼がどこかにいってしまいそうで怖かったから。彼はすこし驚いたように手をびくっとさせたけどすぐに僕の手を握りかえしてきた。それでも、彼がどこかへ行ってしまうという懸念は消えなかった。すこしだけでもその不安を消すために声に出す。 「N、どこにも行くなよ。」 「……。」 彼からの返事はなかった。 「N!!」 「……ごめん。」 手は解かれて、Nは足早に自分の部屋に入っていった。 募る不安を抑えるすべを持たず、僕は一人胃を痛くしながらそのあとの時間を過ごした。ポケモンと遊んでいても逆にポケモンたちに心配される始末だ。情けない。 何もしていないより体を動かしているほうがマシだろうと夕ご飯を作っていたら、Nが自室から出てきた。 「ブラック。」 「N!」 「さっきはごめん。それと……。」 「うん、どうしたの?」 「明日ボクと一緒にライモンシティの遊園地にいってくれないかな。」 びっくりした。Nからこういうことに誘われるのは初めてだ。戸惑いながらも返事をする。 「勿論いいよ!」 「ありがとう。助かるよ。」 ふと見せた笑みはやっぱりあのときのままで、僕はちょっと心配になったけど、あまりつっこむのも悪いかななんて思って、夕飯作りを手伝うという彼の申し出を受けとって一緒に料理を作った。 思えばこのとき彼はもう覚悟を決めていたんだろう。 |
終わりの前兆 / 101010