period





その日は憎らしいほどの晴天で、ちょっと肌寒いくらいの風が吹いていた。


朝早くから家を出て久々に二人ともレシラムとゼクロムに乗って空を飛んだ。身を切るような風もNと一緒なら暖かい、と思った。僕は、やっぱり、多分。しばらく飛んだらライモンシティについた。ライモンシティは相変わらず、朝からきらきらした電燈を沢山付けていてとても派手だ。相変わらずといっても僕が初めて来たときよりは設備も増設されていて、早朝だというのに沢山の親子連れやカップルで賑わっている。とりあえずデイパスを買ってくるとNを待たせていたら、帰ってきたときには女子高生とおぼしき二人組に一緒に園内を回ろうと誘われていた。なんてことだ。ごめんと適当にあしらったけれど、Nは僕を不思議そうな顔で見ていた。
「なんで断ったの、奢ってくれるとか言ってたのに。」
心底不思議そうな声で言われても、こっちはそれが当たり前だと思っていたし、困る。
「僕と二人じゃ嫌だった?」
哀しげな声を作ってそういうと、Nは目に見えて慌てて、そういう意味で言ったんじゃないよということを必死に弁解しようとした。それがなんだかおかしくてあははと笑ったら、Nはもう、と拗ねたように言った。

まず乗ったジェットコースターはカツミレさんのジムの仕掛けを応用したもので、僕もNもあのジムで鍛えられていたからわりと怖くなかった。……本当はちょっと叫びそうになったけど、Nが横にいる状況で叫ぶなんて訳にはいかない。だってNはあんまり怖くなさそうにしてたし、僕が怖がりなんて思われたくないから。
それからあとはあまり乗り物には乗れなかった。正午が近づいてくると人がさらに増えて、乗るために何時間もまたなくちゃいけなくなったからだ。湖のちかくにある飲食店で昼食を買って、パラソルのしたで喋りながら午後を過ごした。湖に浮かんでいたスワンナたちが付近をゆったりと泳ぐのを延々と眺めたり(「彼らはどうやって生きているんだろう。」「うーん、人のご飯とかを狙ってるんじゃないかなぁ。」「そう考えるとこの遊園地は人とポケモンの共生のひとつの形なのかもね。」「俗な共生の地だね。」)、あちらこちらとせかせか動く人の波を見つめたりしていた(「あの人の列ってどれだけ待つんだろう……。」「すごいよね、閉園までに乗れるのかなあれ。」)。


閉館時間30分前になったらようやく人が少なくなってきた。なにか最後ひとつでも乗れないかな、なんて思って辺りを見回していたらNの方から声をかけてきた。

「ねぇ、ブラック。」
「なに?」
「観覧車、乗ろうよ。」

昨日見た笑いととてもよく似た笑みを浮かべて。えぬ、と僕の口は動いたけれど言葉は出てこなかった。Nが僕の袖を掴んで観覧車へと連れて行く。僕は抵抗できずに引っ張られるようにNについていった。観覧車は遊園地の奥の方にあるからか、人もあまりおらず閑散としていた。夕暮れの空にライトだけがきらきら光っている。係員さんにちらりとパスを見せて、僕とNはモンスターボールの形をしたゴンドラに乗り込んだ。しばらく僕とNは二人とも無言で外を眺めていた。少しして、Nが呟くようにして話しはじめた。二人きりでなければ絶対に聞こえないような小さな声で。

「懐かしいよね。ここでキミと戦った。」
「ああ、あのときはいきなりプラズマ団のリーダーだって言われて焦ったよ。」
「ふふふ、うん、別に外で言ってもよかったんだ。だけどキミがどんな反応をするか気になって。」
「その為にわざわざ観覧車に乗ったの?」
「それもあるけど、やっぱり観覧車に乗りたかったからかな。ボクと一緒に観覧車に乗ってくれるひとはいなかったから。」

哀しそうに笑う彼をみて、僕も哀しくなる。だって、それは。きっとゲーチスは彼と一緒に遊園地なんか行ってくれなかったんだろう。ふいにあの城の中のNの部屋を思い出す。歪んだ狂気と愛情を受けて育った彼。

「どうしたの?何でキミがそんなに哀しそうな顔をしてるの。」
「ううん、何でもない。……あんまり淋しいこというなよ。」

Nが心配そうに声を掛けてくる。当り前じゃないか、だって君のことなんだから。声には出せずにそう心の中で呟く。ああ、でも。彼は今ここに居るんだ。立ち直って、しっかりと地に足を付けて。可哀想、なんて傲慢な感情はいらない。きっと彼は僕が思うよりずっとしっかりしているんだ。僕はそんな彼を、とても恰好良いと思う。
観覧車はもうすぐ一番高いところにさしかかるところだった。Nは僕の返した言葉にありがとう、と小さな声で言って、話を続ける。

「……ボクは、最初キミのことが信じられなかった。」
「……どうして?」
「ポケモンを大事にしているひとを見たことがなかったから。」
「それは……、」
「うん、今では分かってる。だけどね、だからすごくキミのことを知りたいと思った。」
「なんだか照れるな。」
「本当のことだよ。だからゲーチスやレシラムにキミが選ばれたときとても嬉しかったし、負けてしまったときもきっと相手がキミだったからこそ、立ち直れたんだと思う。ポケモンから深く信頼されているキミだからこそ。」

ここでNは一旦言葉を切って、少し目を伏せる。ゆっくりと観覧車は下降していく。地上には赤い光が瞬いていた。Nは顔をあげ僕にしっかりと目を合わせて、言った。


「ありがとう。ボクの世界を広げてくれて。」

また、だ。あのときと同じ。あの、城で別れた時のような。

「N……?」
「唐突でごめんね。これだけは、キミに伝えておきたかったんだ。」
「N!?」
「ありがとう。本当に。」

なにがなんだかわからない、けど。Nがどこかへ行ってしまう気がして。ゴン、ゴンドラが地上についた合図がした。僕はNへと手を伸ばす、だけどその手は届かなかった。Nは観覧車から出た。僕も彼を追いかけるように観覧車から出る。そこには、やっぱりハンサムさんがいた。(僕は心のどこかで分かっていたんだろう、彼ならそうするだろうということを。)

「終わったのか?」
「はい、挨拶は済ませました。」
「……どういうことですか。」
「ごめんねブラック。言わなくて。」
哀しそうにそんなことを言われても、僕には一体何が何だか分からない。
「なんなんだよN、どういうことなんだ……?」
「……Nは、自首したんだ。自分の罪を贖いたい、と言って。たとえ目的は間違ったことでなくても、手段として間違っていたことを彼は知ったんだ。」
「……ごめんね。」
彼は済まなさそうに言った。だけど、その目には決意が込められていて。僕は、僕は――。

「それじゃ、……サヨナラ。」


あの日と全く同じ言葉で、彼は手を振って、ハンサムさんの車に向かった。僕は反射的にその腕を掴んだ。Nが驚いたように振り向く。その目をしっかり見ながら、溢れ出ようとする涙をこらえて僕は叫ぶ。

「すきだったんだよ!!」

Nは目を丸くして僕を見つめる、僕はそれ以上言葉が出てこなくて、必死に押さえようとしても零れおちてくる涙を拭うこともできずにNを見つめ続ける。丸々三秒くらいたって、Nが僕の方に身体を向けて、一歩踏み出す。次の瞬間視界を埋め尽くした緑色は少し滲んでいた。小さなリップ音が僕の耳にとどいた。

鼻先五センチの距離でNは、にっこりと笑った。


「終わったら、迎えに行くから。」
「うん、償い終えたら、一番にキミに会いに行く。」
「絶対だよ。」
「うん、絶対。」

そう約束してから、Nは車に乗り込んだ。ちょっと呆けていたハンサムさんは慌ててNを追って車に向かう。僕はハンサムさんに問いかける。

「ハンサムさん!」
「なんだい少年?」
「Nは、どうなるんですか。」
「……はっきりとは分からない。が。アデクや先に捕まった七賢人からの嘆願もある。そこまで重い罪にはならないだろう。」
「よかった……。Nが出るときは連絡、下さいね。」
「分かっているさ。」

そういって、彼は車に乗り込んだ。彼らの乗った車が見えなくなるまで見送って、それからレシラムを出す。レシラムは哀しそうな顔で僕を見ている。
「ごめんなレシラム。でも、あれがあの二人の決意だったんだよ。」
謝るとレシラムは首を振った。僕のせいじゃないと言ってくれているんだろう。毛並みを撫でてやるとレシラムは小さく嘶いた。

いつになるかは分からない。もしかしたら一ヶ月後かもしれないしもしかしたら十年後かもしれない。もっともっと先になるかもしれない。でも、それでも僕はいつまでも彼を待とう。彼とまた二人で歩むために。そして彼らとまた、歩むために。


それが僕の、僕たちの、夢だ。




繋いだ手は離されてしまったけれど、きっと僕達はどこかでつながってる。
(そう、例えば、
い糸とかで。)




the end. or to be continue. / 101010