「人の心を持たぬバケモノです。」



See you again.




王になった日、ゲーチスは僕に王冠を渡した。これは英雄の証とゲーチスは言った。ボクは英雄になるために生まれてきたんだと教えられてきた。ポケモンを人間から解放させるために、共に戦おうと、父さんはボクに王冠を託したのだ。まごうことなき金の色をしたその王冠はどっしりと重かった。


からんと軽い音がした、気がした。なにか乗っていた重圧が消えた気がした。それと同時に大切にしていたものも消えてしまった気がした。ゲーチスは彼に冥土の土産とばかりに自分の計画について喋っている。ああ、なんだ。結局僕はひとりきりで戦っていたのか。ゲーチスの理想がボクと少し違うところにあるというのはうすうす勘付いていた。だけど、ゲーチスは僕に共に戦おうと言ったから。たとえ少しばかり理想が食い違っていたとしても、ポケモンの為に協力してくれていたのだと思っていた。ゲーチスがモンスターボールをとりだす。ボクはゲーチスがポケモンを使っているところを見たことがなかったことに今更気付いた。モンスターボールから漏れ出したサザンドラの声は悲痛に満ちていた。実験のせいで進化レベルになる前に強制進化させられたのだ。たすけて、たすけて。なんでボクは今まで気付かなかったのだろう、彼らの声に。つまるところ結局ボクは道化だったということか。
「ワタクシはアナタの絶望する瞬間の顔が見たいのだ!」
ゲーチスがブラックにそう言った。ボクははっと顔を上げる。そうだ、彼のポケモンはボクと戦った後で傷ついている。このままでは勝てる勝負も勝てないだろう。
「ブラック!!」
ボクは考える間もなくブラックのポケモンたちを回復させた。ゲーチスは恨みをもった目でこちらをみた。ブラックはなにか言いたそうにこちらをみた。ボクはブラックと目を合わせて、小さく笑った。

そして、バトルが始まる。おそらく、このあとの世界の行方を決めるための。彼は立ち向かう、ポケモンと人の未来を守るために。ふと、視界が揺れる。一瞬見えた未来は、とても眩しい彼の笑顔だった。

何故彼のポケモンをボクは回復したんだろう。あのままだとゲーチスが望む世界になっていたのに。ゲーチスは仮初の姿とはいってもプラズマ団の幹部であり、リーダーはボクだ。トレーナーからポケモンを解放させた後、ボクがゲーチスに反旗を翻していたら、もしかしたらボクが望む世界だって作れたかもしれない。なのに。――分かっている。ボクはもうトレーナーとポケモンをばらばらにする世界なんて作りたくなくなっているんだ。それはボクの存在意義の消滅とイコールで結ばれている。だから今まで考えないようにしていた。だからブラックに、ポケモンに信じられている彼にボクの片割れという役目を押し付けた。不確定要素とみなし、彼を英雄に仕立て上げた。そしてここで決着を付けようといって、彼に負けた。信頼し合っている彼とポケモンの姿をみて、引き裂こうなんて思えなかった。結局勝負というものは心で決まる、どこかの本に書いてあった通りだ。負けたとき、喪失感と共にあった不思議な解放感は、きっと僕の本心の叫びだったのだろう。

レシラムが放ったりゅうのいぶきがサザンドラを撃つ。サザンドラはたすけて、たすけてとうわごとのように繰り返しながら地に伏した。ゲーチスは呆然とそれを見る。ブラックはそんなゲーチスを強い意思を持った目で見つめていた。彼はまごうことなき英雄だった。


ゲーチスが連れて行かれたあと、ブラックと二人きりになった。ボクは彼と出会ったときのことを伝えながら王の祭壇へと歩く。その席はもうからっぽだ。王様はもういない、その隣にいる賢者たちもいない。王冠はもう、壊れてしまったのだ。ゼクロムをモンスターボールから出し、その背に飛び乗る。ブラックは何も言わない、ボクからの言葉を待っているみたいに。それがなんだか嬉しくて、すこし切なかった。サヨナラと言った瞬間目を丸くした彼は、だけど引き留めることはしなかった。きっと、分かってくれたんだろう。
ボクは旅に出る、世界を人をポケモンをもっともっと知るために。そしていつかまた彼に会いに行こう。今度はボクのエゴイズムのためじゃなく、ありがとうを伝えるために。



(ボクを人間にしてくれて、ありがとう。)





王冠は王の証≒彼を縛る枷 / 101023