Egoism





庭でジャローダとダイケンキ、エンブオーがじゃれあっていたからまさかと思っていたら、予想通り僕の家からチェレンとベルの話声が聞こえた。なんてタイミングがいいんだ、もしかして彼らもNみたいにみらいよち使えてるんじゃないだろうか。ってみらいよちっていったらNがポケモンみたいだ。どうでもいいことを考えながらドアノブに手をかけようとしたら、そう言えばNとまだ手をつなぎっぱなしなのに気付いた。Nもそれに気付いたらしく、手はさっと解かれた。なんとなく名残惜しい気がしたけど、まぁ仕方ない。ドアノブを回して中に入るとやっぱり、ベルとチェレンが応接間でおしゃべりしていた。

「あっ、ブラック!待ってたんだよお。」
「ようやく帰ってきたか。相変わらずだよね。」
「悪かったなふらふらしてて。……そうだ、今日はゲストがいます。」
「うん、見えてる見えてる。」
「ふえ?…ってええええええっ?!」

そこでベルはようやくNの存在に気付いた様子だ。他人事ながらこの幼馴染のマイペースさには時々心配になる。そこが彼女のいいところなんだけど、いつか悪い奴に連れ去られそうだ。まぁ彼女のポケモンがいるからには大丈夫だろうけど。Nはとりあえずぺこりと頭を下げた、なんだかどうすればいいんだろうって感じの雰囲気がすごく伝わってきて微笑ましい。

「久しぶりだな、N。会いたかったよ。」
「うわぁ、あなたがNくんかぁ…恰好良いんだね!」
「そっか、ベルは面識ないんだっけ。」
「うん。はじめましてNくん!よろしくね。」

ベルがにこっと笑いながら挨拶すると、Nもおずおずと笑ってよろしくと返事をした。この幼馴染は他人を和ませるのがとてもうまい。その点ではきっちりしているチェレンとはバランスがとれているんだろうなぁと思う。僕がこの二人の幼馴染に恵まれたのは本当に幸運だったんだろう。

「とりあえず座って座って!」
「ちょっとここ僕の家なんだけど。」
「勝手知ったる他人の家、だね。で、Nは一体どこで捕まったのかな?」
「もー、人聞きが悪いこと楽しそうに言わないでよチェレン!」
「……久々にイッシュに行こうと思ってリュウラセンの塔に向かったら丁度会ってね。」
「へぇ、ブラックも丁度いたんだ!なんだかそれってすごい偶然だねえ。」
「よく会えたな。」
「ちょうどレシラムを捕まえて三年だったから、なんとなく行ってたんだよ。」
「え、そうなの?!それじゃあお祝いしなきゃねえ。」
「お祝い?」
「うん、レシラムへのお祝いと、私達とNくんが会ったことの!」
「いいんじゃない?じゃあなにか買ってきた方がいいかな。」
「おおー、それいいね。」
「でしょ?よおし、私頑張るぞー!」
「ベルはあんまりはりきらなくていいよ、またこの前みたいに砂糖と塩間違えられたら困るし。」
「……チェレンだってこの前お鍋焦がしてたくせに。」
「……お互い言いっこなしってことにしようか。それじゃあちょっと行ってくるよ。」
「ありがとー、いってらっしゃい。」
「いってきまーす!」

ばたばたしながら二人とも出かけていった。多分気を使ってくれたんだろう、Nはあんまり人と率先して話すタイプじゃないだろうし。母さんも出かけてるみたいで、ポケモンの鳴き声だけが部屋に響く。窓から午後の柔らかな光が差し込んでいてとても綺麗だ。隣に座ってたNの方を向くと、なにやら考え込んでいた。目の前で手を振るとようやく僕がそっちを見ていることに気付いたようだ。

「なにか気になることでもあったの。」
「うん……いつもあんな感じなの?」
「うん、二人ともあんな感じ。結構お似合いだと思うんだよね。」
「あれ、キミはベルのことは好きじゃないのかな。」
「うーん、ベルのことは幼馴染としか思ったことがないなぁ。」
「そうなんだ……」

Nはおざなりな返事をしてまた考え事を始めた。なにか気になることでもあったんだろうか。とりあえずお茶でも入れようと思い席を立とうとしたら、Nが僕の服の裾を掴んでいたことに気付いた。Nも気付いたらしく、ぱっと手を離し、下を向いて呟くようにごめん、と言った。

「どうしたの、そんなに怖かった?」
「ううん怖いわけじゃ……でもやっぱり緊張するね、ボクとプラズマ団が迷惑をかけた相手と話すのは。」
「大丈夫だよ、あの二人は君のことを恨んでなんていないよ。」
「うん、分かってる。……迷惑をかけた相手にどんなことを言われてもいい。けど。こうして優しくしてもらえるとどうすればいいのか分からなくなるんだ。キミはさっき彼らはいつでもあんな感じだって言っていたけど……ボクはキミが少し羨ましいよ。あんなに優しいひとたちが周りにいるなんて、ボクには考えられなかった。」

小さくて速い口調だったけど、Nの気持ちが痛いほど伝わって、僕はなんだか哀しくなった。彼はきっと人とああいうおしゃべりをしたことがなかったんだろう。英雄になるためだけに育てられた存在。押し付けがましい感情かもしれないけど、Nには幸せになってほしいとなんとなく思った。

「ごめん、変なこと言って。」
「ううん、話してくれて嬉しかった。」
「……ありがとう。キミたちは優しいね。」
「そんなことないよ。ていうかNはもっと遠慮しなくてもいいと思う!」
「遠慮しているつもりはないんだけどな……。」
「……ねぇ、N。」
「何?」

後から考えると、このとき思わず口をついてでた言葉は、Nに普通の暮らしのなかで生活してほしいとか、こういうおしゃべりをもっとさせてあげたいとか、そういうものからきた言葉じゃなくて、純粋にNに僕のそばにいてほしかったからだったのだろう。


「ここでさ、僕と一緒に暮さない?」


今度は二人で歩いていきませんか / 101002