Not sweet,but





「君はブラックをどう思ってるの?」

そんなことを言われても、と曖昧な返事をしてボクはお茶を濁した。けど、チェレンは僕の目をまっすぐ見つめたままだ。気まずくなってボクは顔を俯ける。チェレンがブラックのことを大切に思っているのは知っている。ベルだってそうだろう。だって彼らは三人きりの幼馴染なのだ。……ボクだって、ブラックのことは大切だ。だって彼は一番目の人間の友達だ。だけど、今のボクにはブラックへの気持ちを言葉で表すことができない。多分、これは初めての気持ちだ。今までボクが持ったことのない。だからこの気持ちのことをまだ知らないボクは、こうして誤魔化すことしかできない。手に持ったコーヒーはとっくに冷えてしまっていた。

「じゃあ質問を変えよう。君はブラックを大事だと思ってる?」
「それは勿論、」
「それならなんで彼に答えてあげないのさ。」

なんかさ、ブラックが可哀想なんだよ。見ていて嫌ってほど君のことを大事にしてる。だけどその裏にある気持ちを見たくなくて必死に目を背けてる感じ。だからさ、

「希望が無いなら、さっさと教えてあげた方がいいと思う。」
これは君の友達として、それからブラックの幼馴染としての僕からの忠告。

それじゃまたね、と彼は席を立った。うん、とボクも手をあげて見送る。ボクは彼の言ったことを反芻して考え込む。彼の話は僕にはよくわからないことばかりだった、特に後半。なので一番に聞かれたことを思い出す。ボクは一体どう思っているんだろう、ブラックのこと。彼は年下の男の子でボクの片割れで大切な友達で。それとあと、なにかよくわからないもやもやした気持ち。この気持ちに名前はまだない、知らない。この気持ちはいつか分かるようになるんだろうか。それなら、できるだけ早くそうなってほしい。できるだけ、ボクが彼を傷つけないうちに早く。

あ、と街の騒音のなかでも聞き取れる、耳に馴染んだ声が聞こえた。振り向くとそこにはブラックがいた。どうやらポケモンセンターに行った後のようで、腰に付けたモンスターボールのなかから聞こえるポケモン達の声は元気に溢れていた。ブラックは珍しいものをみたみたいな顔をしながらこっちにきた。

「Nってこの店結構好きだったの?」
「いや。チェレンとそこで会ってね、少し話をしていたんだ。」
「チェレンいたんだ、もう帰っちゃったの?」
「うん。入れ違いだね。」
「そっかー。まぁいいや、僕もここ座っていい?」
「どうぞ。」

椅子をテーブルの下から出して彼にすすめる。彼はちょっと注文してくる、とそこにバックを置いて財布だけ取り出して、カウンターの方に駆けて行った。すこししてからボクの隣にもどってきた彼の手には湯気の立つカフェオレのマグカップが。

「それ好きなの?」
「うーん、ブラックは苦手かな。」
「ブラックなのに。」
「悪かったな。ってNはブラック飲めれるの?」
「飲んでるよ、ちょっと冷めちゃってるけど。」

へー、大人っぽいね、意外。彼は純粋にそんな風に感心してる。初めて入ったこういう店で、メニューにキミの名前が書いてあったから思わず頼んじゃったなんて白状できないな、これは。そう思いながら一口、口に含む。やっぱり苦い。

「にが……」

思わず口に出してしまった。それを聞いたブラックは初めきょとんとして、それからすぐに笑いだした。

「やっぱりNもまだ子供?」
「ここまで苦いとは思ってなかったんだよ。」
「へー、んじゃ貸してよ。」

するりとコーヒーの入ったマグカップはボクの手から離れて彼の元へ。ブラックはその上に自分のマグカップを掲げ、そろりと傾ける。たちまち注がれたてのカフェオレは冷え切ったコーヒーの海にダイブして液面にやわらかいマーブル模様を作った。軽くスプーンでかき混ぜてから彼は僕にそれを渡した。

「はい、どうぞ。」
「……ありがとう。」

彼から渡されたマグカップは暖かくて、中のコーヒーは甘かった。
これは彼への気持ちに似ているな、となんとなく思った。





その感情の名前は―― / 101008