Dreams are hard to follow.






彼女はいつだってそうなんだ、自分を小さくみて、やれないことだって諦めて。だから僕は彼女の為に強くなろうと思った。そして彼女に言おうと思った、強くなれない人間なんていないんだ、誰だってできるんだよって。

間違っていたのは僕の方かも知れない。

ブラックはどんどん強くなっていく。僕は結局彼に一度も勝てていない。どんなに努力してもレベルを上げても、彼はますます強くなっていて、僕は太刀打ちできなかった。そして、彼はNに選ばれ、そして伝説のポケモンレシラムにも選ばれた。その時、なんとなく思った。ああ、彼は選ばれた人間なのだろうと。僕とは違うんだろうと。
でも、僕は諦めきれなかった。僕は強くなるんだ、彼より。そう言った僕に彼女は言った。無理はしなくていいんだよ。無理、できっこないこと。僕は彼女のそういうところが嫌いだった。
しばらく僕はチャンピオンロードに篭って、カノコには帰らなくなった。風の噂で彼女が博士の助手になったと知った。きっと彼女はそれでいいんだと思った。彼女は優しすぎるんだろう、結局。ポケモンを傷つけることが苦手なんだ。ブラックは時たまここにやってきて、僕と戦っていく。彼はますます強くなっていた。僕も負けないよう、もっともっともっと――。修業は過酷を極めた。野生のポケモンを倒して、寝る間も惜しんで技構成や持ち物を考えて。体力も精神もどんどん削られていった。
そしてある日、僕の意識は黒く塗りつぶされた。

「……チェレン、チェレン!!」

懐かしい声で目を覚ます。目の前には目を潤ませた彼女がいた。僕の意識が戻ったことに気付いた彼女はほっと安堵して、気が緩んだのか目尻に辛うじてとどまっていた涙がぽろぽろと零れおちた。よかった、死んじゃったかと思った。ありえないだろうそれは、そう言おうとしたけど喉が枯れてて声が出なかった。どうやら随分長い間倒れていたらしい。手持ちのポケモンたちが心配そうに僕を見ている。ごめんな、そう気持ちを込めて一匹ずつ撫でてやる。
「このこたちが突然研究所にやってきて、今にも泣きそうで、私、私……ふえぇ。」
ぼろぼろと涙を流す彼女。そういえばこの光景は久しく見ていなかったなと思った。カノコにみんなでいたときは毎日のようにみていたけど。
「……大丈夫。心配してくれてありがとう。ごめん。」
ようやく絞り出した声はしゃがれていた。でも多分、感謝の意は伝えられただろう。彼女も泣きやんでくれるだろう。そう思ってた。彼女はその言葉を聞いて、下を向いて、それからしばらくして口を開いた。
「……チェレンは分かってないよ。」
「え?」
「どれだけ心配したか分かってる?無理しないでって言ったのに無理ばっかしてるし、こっちの気も知らないで。ブラックだってそう。チェレンのことが心配で勝負てがらに様子を見にいってるって。……私達、心配なんだよチェレンのこと。」

そうだったのか、と僕は驚いた。それと同時に僕の中には怒りが湧く。僕は、確かに危なっかしいかもしれないけど。それでもそれは強くなるためだ、ポケモンともっと分かりあって、いつかブラックを倒すための。そして君に――。
「僕は、」
「チェレン!」
言いかけた言葉は今まで聞いたことのない彼女の怒った声にかき消された。僕はぽかんとした顔で彼女を見つめた。彼女は、泣きながら僕へと叫ぶ。

「一人でなんでもできるって思わないで!私は、私だってチェレンの力になりたいよ!……できなかったら誰かの力を借りたって良いんだよ……。」

最後は自分に言い聞かせるように。絞り出すように言った彼女はまたぼろぼろと土に涙を落とす。僕は今理解した。彼女は強いんだ。僕より、きっとブラックより。自分の出来ないことを理解して、自分の弱さを理解している。理解しきった上で自分のできることを精一杯する。それはまぎれもなくひとつの強さだと。
「……ありがとう。」
どうにも照れくさくて、それから今まで彼女のことを弱いと思ってたことについてのバツの悪さとかが相まって、僕は彼女と目を合わせられなかった。
「ううん、いいよ。」
そう言って彼女は首を振った。涙はもう止まったようだ。私ね、と彼女は続ける。
「チェレンを見てると勇気がでるんだあ。」
「え、なにそれ。」
「おかしいかもしれないけどね、なんだかチェレンが頑張ってると私も頑張らなきゃなあって思えるの。……博士の助手やってると辛いこととか沢山あるんだけど、でもチェレンも頑張ってるんだから私も負けちゃだめだって思うんだ。だから、チェレンには無理してほしくないんだよ。」
だって、チェレンがいなきゃ私駄目になっちゃいそうだから。えへへと照れ笑いしながらそういうベル。僕は、唐突に泣きだしそうになって目頭をおさえた。

僕らは思想も反対で、彼女を見てるといらいらしたりするときだってある。だけど彼女がいてくれるから、きっと僕は頑張れるんだと思う。
今は恥ずかしくて言えないけど、いつか伝えられる時が来たら。ありがとうと伝えたいと思った。





君がいるから。 / 101012