さようなら、さようなら。あなたの隣にいた日々と、青く淡く俺を照らしつづけていたあの輝かしい青春に。ばたんとちいさな鞄の蓋を重ね合わせる。大体学生鞄くらいの大きさのこの鞄に要るものは全部入れた。写真やユニフォームなどはまるごとこのなかに全部仕舞われてしまった。入るもんだな、と思った。こんな小さなものに入ってしまうのだ。この鞄はむこうについても開けることはないだろう。金具を震える手できちんと閉める。ぱちんと存外軽い音がした。吐いた息が白い。もう冬だ。殆どの私物を処分した部屋は酷く寒く、ちくちくと痛むような冷気が身を苛む。ここはもはや豪炎寺修也の家ではないのだ。
豪炎寺修也、炎のエースストライカーはここで消える。俺は今から旅に出る。きっとその道程は暗くて寂しくて苦しくて、泣きたくなるようなものになるだろう。
ああだけど、それは必ず報われるのだ。
(そうだろう、円堂?)
親友の、世界一のサッカーバカを思い浮かべる。今から俺がすることは、最低な行為だと自負している。サッカーを汚す行為に他ならない、言い訳なんて出来ない行為だ。そして、円堂を利用する行為でもある。他の道だってあっただろうと円堂に怒られるかもしれない。……だけど、そんなものは無かったのだ。正確に言えば、この計画以上のものはなかった。今手を打てるのは俺だけだ。そして、この計画ならば絶対失敗することがない。だってそうだろう?お前は絶対に諦めないんだから。
これから、俺達が向かう道は別れる。だけど、それがなんだというのだ。俺達の築いたものはそんなにやわなものじゃないだろう?俺達の必殺技は、そんなに簡単に失われるものじゃないだろう?
鞄を引っ提げてドアに向かう。鞄はずっしりと重かった。ドアの横にある電気を消して、真っ暗な玄関の真ん中あたりに鍵を放り投げた。チャリンと軽い音がした、きっと狙いあたりに落ちたんだろう。外に出て、そのままフィフスへと向かう。振り向かなかった。迷いは、ない。

さようなら、さようなら。あなたの隣のあたたかい場所よ。だけど、そこを手放したって、思い出をすべて捨てたって、俺のためのその場所はきっといつまでも空いていて、あなたの心に残り続けるのだろう。あの輝かしい日々とそのはじまり、俺達が出会ったことは、絶対に消えたりなんかしない。俺が記憶を閉じたって、円堂は絶対覚えている。どんなに厳しい道だって、それだけで往ける。信じている。
どうか、旅の終わりには、お前と一緒の側にいれますように。そして出来れば、お前が笑っていてくれますように。


そしてスタートラインに彼は立つ / 120106