目をつぶるなんてこと出来るはずがなかった。
けれど、14歳の豪炎寺はここで目を閉じ、眠ったままなのだろう。
起こせるのは一人しかいないのだ。

「あなたは何と戦っているのですか」
剣城ははっきりとした声で私に言った。それには疑問とすこしばかりの心配が混じっていた。彼の鋭い触れたら切れそうな空気はもうとっくの昔に無くなってしまっていたが、俺は彼のその変化を愛していた。行く道がどうであれ、育てたものをみるのは心温まるものだ。それに彼は面白い育ちかたをしたと思う。私にとってはそう思えないだろうが。さっきの問いはどういう意味だろうか。どちら側に立っているのかということだろうか。どちらなんだろう。実際俺はどちらになるんだろうか。もしこの大仕事が終わって、俺はどちらの側にいるのだろう。勿論俺としては在るべき場所は決まっている。だが、許してもらえるだろうか。なにより、許されることを俺は許すことができるのか。
行く末は真っ暗でなにも見えない。
「わからない」
そのまま答えた。分かるはずがないだろう。この豪勢な椅子に腰掛け、駆ける少年たちを見守る。その役目を果たすことが出来るのはきっと豪炎寺修也だけだった。大体の見通しはあったはずだった。ああでも未来なんて誰にも分からない。押し潰されるような黒に塗り込められないとも限らない。なにがしたかったのかと問われれば答えることは出来るのだけれど。結局は不安なのだ。先の見えない闇に向けひとりでひた走ることが、怖い。知らなかった。いや、忘れていたのだ。(ひとりとはこんなに脆いものだったのか。)
自分がぶれていないか心配になる。俺が私になっていないか。俺と私が逆転してしまってはいないか。豪炎寺修也が消えてしまってはいないか。心の奥底で光るあの輝かしい青春をどこかに置き去りにしてはいないか。
「分からないんだ」
後悔はしていない。ただ、正しいのかは分からない。行き場も結果もはっきりとは分からない。そもそも頓挫するかもしれない。回りはきっと闇だらけだ。剣城はそれを聞いて何も言わず立ち去った。聞かないでくれたのだろう。はぁと溜息混じりの白い息をつく。今日の特訓はこれで終わりだ。あいつは飲み込みも早いし身体能力も高い。おそらくあの技を使うことだってできる筈だ。

円堂、円堂。お前が後ろにいないんだ。それだけで俺は不安に押し潰されそうになる。ひとりとはこんなに脆くて、寂しい。
(助けて、なんて言えないけれど。)
情けないし、なにより信じている。彼のサッカーを思う気持ちと、俺達の絆。そのためにもそんな弱音は吐いちゃいけない。始めたのは俺なのだ。分かっている。
……それでも。
「いつかまた、お前とサッカーがしたい」
そのぐらいは夢見ていいだろう?

小さく呟いた言葉は夕闇の世界に蕩けて消えた。
目を覚ますには、まだ足りない。


君が、まだ足りない。 / 120121