かのひとは絶望に立ち、そのいのちを来世に投げ出した。相棒になろう、なんて言葉を俺に遺して。その言葉は俺を今なお縛っている鎖だ。同時に生きる綱でもある。
あいつのその言葉がなかったら。人間自体に俺達狼は牙を剥いていただろう。そうして人間の全てを滅ぼそうとしただろう。それがどんなに無謀なことでも。同時に、彼のその言葉は俺が今なお警察組織に怒りをぶつける由縁だ。俺は、……あいつのことが嫌いじゃなかった。欺瞞と懐疑の蔓延るあの組織で、あいつだけはあのままだったから。あの初めて会ったときから変わらない、まっすぐなこころをもって。……だから、あいつを殺した警察組織は許さない。掛け替えのない友と仲間を壊したあの組織は。あの組織が存在しているうちは、俺は死ねない。

ふと思う。30年。長いようで短い月日。それだけの年月が経って、そのなかで俺は前へ進めたのだろうか。俺の息子とあいつの孫が脳裏にちらつく。息子はあいつの孫を相棒と言った。迷う事なくいいのけた。俺達もどこかで間違えなければああなれたんじゃないのか、なんて今更過ぎるけど。
俺は、俺達はもう戻れない。お前はもう墓の下だし、俺は体は腐りかけで精神だけで漂ってる状態、そのうえ狼全体も警察から指名手配だ。もうどうしようもない。あいつらのようになんて、戯言だ。
進めなくても進まなくてはならないのだ。たとえ動けない足に鞭打ってたどり着いたその先に破滅しかなくとも、こころが決して動こうとしなくとも。
俺はお前の墓前に花を沿えることなんて、できない。

……ああ、だけど、だけどひとつだけ。
平和と真実とそれからしあわせと、お前が望んだ世界のためには俺はもう戦えやしないけれど。お前の墓前で涙を流すことはもう出来ないけど。だけど。
俺は確かに思っていたんだ、あの頃お前の傍にあれたことはしあわせなことだったのだろうと。あの頃確かに俺はしあわせだったんだろうと。
だから、そんなお前に。俺はその代わり世界を変えよう。お前の死は無駄ではなかったんだと、俺達がしあわせに生きていける世界を、俺達が立派に生きていける世界を――。
そうして、もしまた来世を生きる君に出会えたら。
そしたらその時俺は、ようやく心から笑って君の手を握ることが出来るだろう。
――相棒、として。





残されたはんぶん / 110331