Nightmare. いつか抜け落ちていくだろう、その手から全て、全て。 「お前に手に入れられるものなど何もない」 ああ、誰の声だろう。そんなことはどうでもいいんだ。止めてくれ。 「分かっていてもお前は手を伸ばすのか?なんて愚かな!浅はかな!お前はもう全て捨ててしまったというのに!」 知っている、分かっている。だから止めろ。俺はもう十分に判っている。哀しいくらいに。もう、俺の翼は羽根が抜け落ち骨組は折れ、あの大空に飛び立つことなど出来ないということを。もう俺は王者ではないということを。 冷や水を掛けられたかのように目が覚めた。 遊星が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。魘されていた俺を心配したらしい。そうか、夢か。そう脳が理解すると同時に疲れがどっと出てきて頭を押さえた。 「大丈夫か?ジャック」 「……心配ない、お前はもう寝ろ」 「だけど、」 「明日も朝早いんだろう?」 「……分かった。ジャック、お前も早く寝ろよ」 「ああ、おやすみ」 遊星はこちらに軽く手を振って扉を閉めた。建てつけの悪い床を歩く軋むような足音はだんだん遠くなっていきやがて消えた。俺はゆっくりと目を閉じ先刻の夢の内容に思いを馳せる。普通の夢と同じように刻々と薄れていく記憶を何度辿っても行きつく答えは同じだった。 (……あの声は遊星の声だった) 聞き間違えるはずもない。長い間一緒に生きてきたのだから。だとしたら遊星、俺はお前を、(怖いのか?恐ろしいのか?)(俺から王の座を奪ったあいつが)(何も捨てずに王になったあいつを、今でも憎んでいるというのか?) コンコン、控え目なノックの音がして我に返った。 ドアを開けてやるとそこには遊星がいた。その手にデッキを携えて。 「眠れないんだ……デュエルしないか?」 すこしためらいがちに、だけど目に少しの期待をもって。その表情は小さなときから見慣れた表情と全く同じで。小さく、息を吐く。何故一時でも俺はこいつのことを憎んでしまったのだろう。とても、この存在を愛しいと感じた。 「……ああ、いいだろう。だが寝るときは俺のベットで寝るなよ」 「!……ありがとうジャック」 そう言って微笑んだ遊星の手を軽く引き、部屋に入れた。サテライトの外気はとても寒いから。緩く枠骨に嵌った扉がぱたんとしまった。多分今日は寝られないだろう、俺たちは二人とも負けず嫌いだ。だけど、そういう夜もいい。 ゆっくりと夜は更けていく。サテライトの空には星屑が瞬いている。 多分俺はもう二度とあの悪夢を見ることはないだろう。なんとなく、そう思った。 |
幸せは夢を見ない / 100209