のばらが春風に揺れる。鮮やかに目を引く訳ではないけれど、沢山の花をつけて、優しく咲きほこる小さな花々。その風景を見てフリオニールは思わず微笑んだ。この辺りは一面花々で覆われている。全て彼が手ずから植え、育てたものだ。

帝国との戦いが終わり、フィン王国はヒルダ王女やゴードンの手によって徐々に復興に向かっている。ミンウやヨーゼフ、シドやリチャードは世界を守った英雄たちとして讃えられており、その墓には花が絶えることはない。
フリオニールたちは帝国兵の残党やモンスターの討伐、戦死者の供養があらかた終わったあと、かつて皇帝の手によって焼き払われた故郷に戻り復興を手伝うことになった。といってもこの町の生き残りは殆どおらず、実質この町の復興はフリオニールたちに一任されたようなものだった。そこで彼は、衣食住が彼等の手で賄えるようになったあと、住人たちに町の広場に花を植えようと提案した。
「この町を花でいっぱいにしたいんだ。皆が見てるだけでしあわせになれるような綺麗な花を沢山植えて、皆でその景色を見てみたい。」
子供みたいな夢ね、とマリアは言った。だけど嫌いじゃないわ、とも。ガイは何も言わず、頷いてくれた。種は住人たちが持ち寄ってくれた。復興の仕事の合間に時間を見繕っては種を植え、水をやった。フリオニールの努力の甲斐があってか、程なくして広場は色とりどりの花でいっぱいになり、見ただけで微笑みがこぼれるような綺麗な花畑へと成長した。

フリオニールは広場の中央に歩を進める。そこには一目で素人の手作りと分かる、割れた板を寄せ集めて強引に形作られた不格好な十字架があった。
「悪いな、こんなものしかなくて。」
フリオニールが優しくその墓に声をかけた。墓標は書かれていない。それを不思議に思ってマリアやガイが何度聞いても、フリオニールはこの墓が誰のものか言わなかった。……墓の下には一本の赤い色の剣が眠っている。ブラッドソードと呼ばれるこの剣はフリオニールが皇帝を倒した際使っていたものだ。皇帝は地獄から蘇り、消滅したあとにはなにも残らなかったのだ。だから、フリオニールはこの剣を埋めた。彼の身を裂きその血を浴び、再び彼を地獄へと叩き落としたこの剣は、確かに彼のことを覚えているだろうから。
この墓は皇帝とフリオニールの墓だった。
そう、フリオニールは一度死んだのだ。皇帝が本当に消えてしまったときに。あの戦いが終わった瞬間に。故郷を滅ぼされ親を殺されて復讐のために生きてきた、そんなフリオニールはもういない。きっと、彼の手がこの先人を傷付けることはないだろう。
そして、皇帝。
「……お前のしたことは今でもやっぱり許せない。」
フリオニールは小さな声で呟き、続ける。
「だけど、俺はお前のことを悲しいと思うよ。」
偽りの正義とまやかしの愛、そんなことを言うしかなかった皇帝。きっと、彼だって正義でいたかったのだろう、誰かから心から愛されたかったのだろう。
誰だって、そうなのだ。
「お前もこの景色……見れたらよかったのにな。」
皆が笑顔でしあわせでいれるような、こんな世界を。力で支配するだけでは見れないこの風景を。……それは不可能なことだって、分かってるけど。

「フリオニール!」
遠くでマリアの呼ぶ声が聞こえた。きっとまた力仕事を押し付けるつもりだな、まぁ仕方ないか、なんて思いながらフリオニールは声の方向へ足を返す。
「それじゃ、また。」
最後にそう一声掛けて、フリオニールは仲間のところへ向かう。あとに残されたのばらは春風にひらひら舞った。お日様の光を浴びて薄く輝くその花びらは、まるでだれかの髪のようだった。ひらひら、ひらひら。


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