From the winner in the world,
   Dear the winner in the future.


今日は綺麗な満月だ。蒸れるような気温の夏の夜、トイレの洗面所で濡らした手だけがひんやりする。この家はお金あるはずなのになんでクーラーが無いんだろう。やけに広い家の中、迷子にならないようにと辺りを見回してみると縁側に人影が伸びていた。タンクトップのすそが夜風にひらひら揺れている。寝る時もその恰好なのかと苦笑しながら、僕は彼のとなりに腰を下ろした。彼はそれでも僕に気付かない。ノートパソコンに向き合って集中し、素早くキーボードをたたいている。どうやらまたOZの世界で戦っているようだ。画面の中でキングカズマが駆け、相手を薙ぎ倒していく。僕より小さな『子供』の筈なのに、彼は世界チャンプなのだ。画面にWINの文字が浮き出たときようやく彼は僕に気付いて話しかけてきた。
「……眠れないの?」
「今日はいろいろありすぎて」
本当にいろいろあった。今日は、というかこの何日かずっとまるで矢のように過ぎ去ったみたいだ。犯罪者になったり、世界の危機を救ったり、高嶺の花と思っていた先輩からキスしてもらっちゃったり。
「ほんと、ここにきて良かった」
ここに来たお陰で大切なものを知り、手に入れられた気がするから。
「……ふーん」
彼は興味無さそうにそういって、それからぼそっと「ぼくも、あんたがここに来てくれてよかった」と言った。横顔をみるとちょっと赤くなっている。やっぱり中学生なんだよ、ね。

「それにしても強いよねキングカズマ」
「そんなことない」
「世界で一番でしょ?すごいよ、僕とは大違いだ」
池沢佳主馬、キングカズマ、OZの世界の格闘チャンプ。まごうことなき世界一。日本の中という小さな世界ですら一位をとることが出来なかった僕と比べるなんておこがましいかもしれない。
「……そんなことないよ」
一人でマイナス思考に陥りもんもんと考えていると、彼はちょっと怒った声で反論してきた。
「あんたがいなきゃ僕はあのとき諦めてた。ラブマシーンに勝とうなんて考えもしなかった。あんたがいなきゃぼくは心が折れてしまってた。きっと世界だって救われなかった。あんたのお陰でぼくはまだこうして世界一でいられる。あんたが居てくれたから…今の世界があるんだ」
「だからあんたは間違いなく世界で一番、」
そこまで言って彼は我を思い出したように赤くなって口を閉ざした。かわいいなぁ。ありがとうの気持ちを込めて、彼の頭を撫でてあげる。彼は子供扱いするなっていう目でこっちを睨んでたけど、そのうち俯いて顔を隠して僕に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。髪から覗いた耳まで真っ赤にして。

「次、きっとあんたなら世界一になれるよ」
 (だってあんたは間違いなく世界で一番カッコいいヒーローなんだから、)

彼にとっての英雄 / 090822