「すきだ」 Why did you tell to love? 壊れてしまう、と直感的に思った。なにが壊れるかは分からないけど、かけがえのないなにかが壊れてしまうと思った。今まで上手くバランスを取って、危うく存続してきたものが些細な拍子にバランスが崩れ、崩壊してしまったかのような。その直感は事実当たっていたのだろう。俺はもうあの青色の瞳を真っすぐ見ることができなくなってしまった。 歯車が徐々に徐々に軋んで、その歪みは新たな歪みを生み出す。俺は前にもまして一人で居ることが多くなった。あの場所が嫌いなのではない、ただ居にくい、それだけの理由だ。遊星はあの日のことはまるで無かったかのように振舞っている。あいつは、優しいから。だが俺はきっともうあそこにはいれない、もう歯車は壊れ始めてしまった。 古びた劇場に緩やかな午後の光が差し込んでいる。王座に反射し鈍く光るその様はなかなかのものだった。ここは、キングの空間。孤高に一人戦い続けるキングの部屋だ。 (何故お前はあの日あんなことを言った?) 気がつけばそのことばかり考えている。そんな自分に嫌気が差すがどうしようもない。……何故、あいつはあんなことを言ったのだろう。歯車を、居場所を、壊したかったのだろうか?いや、それは無い、あいつは今の場所を気に入っているから、守りたいと思っているから。ならば、あれはたちの悪い冗談か?あいつはそんな性格の悪いことをするやつではない。あくまで俺の知っている限りでは、だが。……もしかしたら、あいつはそんなことをしても心が痛まないようになってしまったのだろうか?その可能性は0ではない。少なくとも前者の考えよりは在りうるだろう。ならば、俺があいつの性格を矯正してやらねばなるまい。見たところやつの異変に気付いているのは俺だけだ。遊星は昔から嘘が上手い。はやく、一刻もはやく、歯車が壊れてしまう前に。 「遊星」 「なんだジャック」 久々に話しかけると遊星は珍しいな、と一言言ってすぐ目線を手元の部品に戻した。相変わらずDホイールの調整に熱心なご様子だ。汚れた床に座っても平気そうな顔で作業を続けている。この遊星の工場はいつもむわっとする熱気が篭っていて息苦しい。すう、と息を大きく吸って俺は遊星へと質問を繰り出した。 「何故お前はあのとき、あんなことを言ったんだ?」 「あのとき?」 「分かっているだろう、とぼけるな」 「……」 沈黙は肯定と同じであるとどこかの本で読んだことがある。その教えはどうやら正確だったようだ。遊星は黙ったままこちらを見ず、機械に向かって手を動かし続けている。俺はもう一度言葉を繰り返す。それは俺がこの何日かずっと考え続けてきた言葉だったから。 「何故お前は愛を告げた?」 はた、と辺りに響いていた金属音が消えた。遊星が手を止めたからだ。こてについたままのはんだがとろとろ溶けだしてろくに清掃されてない倉庫の床にだらっと垂れ落ちた。重苦しい沈黙が流れる。まるで時が止まってしまったかのように、俺たちはどちらも動かなかった。俺とて譲る気は全く無い。 静寂を破ったのは遊星だった。機械から目を離し、俺をその青い双眼で真っすぐ見つめて。 「――好きだった、それだけだ」 帰ってきたのは拍子抜けするくらいシンプルな答え。 「……それだけ、か?」 ようやく絞り出した言葉がこれとは我ながらなんて間抜けなのだろう。ある意味無神経ともいえるようなその質問に遊星ははっきりとした声で答えた。 「ああ。それとも、理由がなければ人をすきになってはいけないのか?」 そう言いきって、それから遊星は立ち上がり身体ごと俺の方に向ける。向かい合ったようなかたちになった。ふと、遊星の身長が前より少し伸びたことに気付いた。 カチリ、歯車が動き始める。 「ジャック、俺はお前のことがすきだ」 こちらをしっかりと見つめてくる奴の青い瞳に、俺はいつの間にか囚われてしまっていたようだ。伏せるように目を閉じて、言葉を発するかわりに奴の唇を塞いだ。 もう歯車は壊れてしまった、軋んで歪みだしてしまった。もう元の関係には戻れない。ならば、歯車を組み替えてまた新しい関係を作ってしまえばいい。元に戻る必要なんてない。だって人間はいつだって未来に向かって歩くものだから。 さぁ、次のステージへ行こう。 |
Why did you tell to love? --Because I just love you. / 100209